「AlphaGo」と李世ドル九段の対局は、4勝1敗。

第五局は、李世ドル九段の要望で、「AlphaGo」の白番。囲碁チャネルで王銘エン九段の解説で、見た。序盤は、特に右下の折衝で黒が優勢だったようだ。しかし、今回は、そこで崩れなかった。序盤50手

「AlphaGo」は、外回りが好きなようだ。つまり、もようが好きだ。今回も、この中央にできた厚みをどれくらい生かせるかがポイントだと思った。この段階では、李世ドル九段は、楽観していような気がする。王銘エン九段も、黒優勢で話を進めていた。中盤100手

ここで、王銘エン九段が地の計算をして、必ずしも黒がいいとは言えないのではないか、と言い始めた。何度も、計算していたが、結論が出ない。私は、なんとなく、人間の応援になったが、しかし、昨日の暴走した「AlphaGo」にショックを受けたので、正常に最後まで打つことを祈ってもいた。中盤150手

ここまで、くると、「AlphaGo」のほうが、優勢になったようだ。右下がそんなに大きな地にならかったようだ。いつの間にか、「AlphaGo」にも、頑張ってほしいと思ってもいた。終局208手

最後は、280手で李世ドル九段が投了した。多分、3目ぐらい足りないのではないか。

ニュースで知ったのだが、この試合の前に、韓国棋院は、「AlphaGo」に名誉九段を与えたそうだ。

それにしても、だれが、こんな結果を予想していただろうか。一番驚いたのは、李世ドル九段本人だと思われる。一応、5戦全部の棋譜を私のiPadの「IGONOTE」とこのブログに残してあるので、もう一度並べ直してみたい。私たちは、今、囲碁5000年の歴史の中で、大きな転機に直面しているのだと思う。「AlphaGo」のような人工知能(AI)が身近になり、簡単に使えるようになったら、囲碁の戦い方も、多分変わってくると思われる。それから、最後の勝負では、ものすごい強いと言うわけではなさそうなので、これから、どのように進化していかも問題になりそうだ。これは、楽しみなのだと、思いたい。

「アルファ碁」について

もうすぐ、人工知能を用いたコンピュータソフトの「アルファ碁」と韓国のプロ棋士(世界最強といわれている)李世ドル9段との5番勝負が始まる。第1局目が、3月9日に行われる予定だ。事前予想では、五分五分ではないかとも言われている。

私は、「天頂の囲碁5」と「銀星囲碁15」を持っていて、時々対戦するが、相手を最強にすると、とてもかなわない。日本の趙治勲や武宮正樹に4子なら勝てるとも言われていいる。まあ、私は、尊敬するプロ棋士の大澤奈留美さんに5子でも勝てないのだから、多分こうしたソフトには、多分2子以上おかないと勝てないと思われる。

チェスや将棋は、既にプロに通用するコンピュータソフトができていたが、囲碁はまだまだだと言われていた。プロ棋士と戦えるにはまだまだ10年くらいはかかるのではないかと思われていた。ところが、どうやら、今度の「アルファ碁」は、本物らしい。

「天頂の囲碁」や「銀星囲碁」は、基本的には、モンテカルロ法というアルゴリズムを使って打ち手を決めるらしいが、「アルファ碁」の場合は、「ディープラーニング」という自分で学習する新技術が搭載されていいて、画像のパターン認識をつかって価値を判断できるようにしたものらしいが、私には詳しいことはよくわかない。しかし、いずれ、コンピュータが勝つのではないかと思われてるが、こんなに早く、私が生きているうちにこんな戦いが実現してしまうことには、驚いた。

これは、将棋の羽生善治が言っていたように思うが、いつか、人間は手元にコンピュータを置いて、コンピュータと相談しながら、戦うことになる日がくるのかもしれない。既に、単独の「知」では、コンピュータのほうが優れている分野は一杯ある。それは、それで仕方がないことだと思う。

ところで、多分、コンピュータは、勝ってもきっと喜ばないと思う。人間だけが、戦いの勝ち負けに一喜一憂する。要するに、人間と人間の戦いが基本であって、コンピュータと人間の戦いは、スポーツとしては、成立しないはずだ。成立するとしたら、コンピュータと組んだ人間の戦いである筈だ。そして、羽生が言ったように、多分、最強の棋士がコンピュータと組んだら、限りなく強くなるのではないか。

そんなことを考えていたら、『ヒカルの碁』を思い出した。確かに、ヒカルは、最強の棋士と共に成長した。そんな時代が来るのかも知れない。いつか、囲碁は、ネットの中だけで戦われるようになり、最強の棋士たちの手元には、最強の人工知能が付き添っているような状況になるのかも知れない。そんな、妄想をしてしまった。

棋譜の著作権について

棋譜の著作権については、いろいろな見解があり、現段階では、グレーゾーンになっている。これは、裁判をやったことがないので、判例がないという意味である。ヨーロッパなどでは、チェスの裁判があり、著作権はないという見解が多く、チェスも囲碁も自由に棋譜が出回っている。これは、Wikipediaの見解なので、必ずしも全面的に正しいとはいえないが、ほぼ、間違っていないと思われる。結論からいうと、私も、棋譜には著作権はないと思っている。

勿論、プロ棋戦の新聞棋譜や、実況中継、またNHKの囲碁番組などの映像は、著作権はある。それは、棋譜の著作権というより、映像の著作権であり、二人の棋士のパフォーマンスを表現としてみた場合の著作権であって、手順を並べただけの「棋譜」の著作権ではないと思う。どうしてもというなら、自分でPCで棋譜を作成し、それを使えばよい。だから、例えば、碁会所で名人戦を大盤解説しても著作権侵害ではないと思う。ただ、スポーツの試合と同じように、主催者が営業行為として開催している試合の放映権はあると思われる。

ところで、名人戦の棋譜は、確かに、名人と挑戦者が打ってできたものだ。しかし、それらは、定石や手筋、先達たちが作り上げてきた戦略と戦術を適用して、二人で創り上げたものだとも言える。それは、表現というより、発明であると言った方がいいかもしれない。つまり、今まであったものに棋士のアイデアが加わったなにものかである。棋譜というのは、ある意味では、本歌取りの和歌みたいなものかもしれない。ただ、本歌取りの和歌は、現在のところ、著作権はある。

問題は、もし、著作権があるとすれば、全体に著作権があるのであって、部分的な手筋や手順には、著作権はないとしないと、碁は打てなくなってしまう。また、全体ということでは、コンピューターソフトの場合は、常に著作権の了解を得ながらでないとつくれなくなってしまう。それは、誰がマネをしてもよいものであることによって、普及し、楽しくなるのだ。常に、優れた棋譜を咀嚼して、次の自分の実践に生かすのが、棋士である。そういう意味では、著作権などあるべきではないと思われる。

ブログなどにも、もっと、棋譜をアップして、さまざまな観点から考察したり、検討したり、話題として盛り上がったりしたほうが、囲碁の普及になると思う。だから、できるだけ、自分の実践は具体的に、棋譜として話題にしたほうがいいと思う。そういういみでも、この囲碁日記は、頑張ってみたいと思う。

私も、また、金儲けではないとしても、プロ棋士の棋譜を参考にしながら、できるだけ似たような碁を打ちたいと思いながら、努力している。とても、無理なことだということは分かっているが。